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第53回明新会総会 > ご挨拶

熊澤・灰谷両副委員長からのご挨拶です。

 

第53回明新会総会 実行委員会 副委員長
熊 澤  喜 八 郎

昭和52年度、藤島高校卒業の同窓生の皆さんこんにちは!今回副委員長を勤めさせて頂くことになりました熊澤です。

早いもので、母校を卒業してから26年の歳月が過ぎ去っていきました。8月16日の第1回学年同窓会では、久しぶりに懐かしい面々と顔をあわせることができ、楽しいひと時を過ごすことが私自身できましたし、皆さんもそうではなかったでしょうか?それぞれの分野で皆さん活躍されていることを再認識した次第です。

価値観が多様化している今こそ、原点に戻って「自分らしさ」「他人らしさ」を再発見する必要があるのではないでしょうか?そんな再発見の時期に我々も来ているのだなと痛感しております。この一年間が色々な意味での再発見になれば私どもとしましても幸いです。

仕事に、家庭に一番お忙しい時期だと思いますが、そんな同窓生同士の再発見のためにも、来年の総会及び懇親会に向けて、みんなで力をあわせて頑張りたいものです。 御協力のほど、宜しくお願い致します。

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第53回明新会総会 実行委員会 副委員長
灰谷 佳洋

「たとえ 明日 この地球が破滅しようとも 今日 私は林檎の樹を植える」

はじめまして、副実行委員長を仰せつかっています灰谷 佳洋です。出だしからいきなりで申し訳ありませんでした。私が敬愛し、ご指導をお願いしている日本一の経営コンサルタント牟田 学氏の言葉です。

私達が藤島高校を卒業した昭和52年3月は、私個人にとって最も忘れがたく、かつ今の私の原点となる年でした。予備校に通うため京都へ出発する数日前、何気なく診察してもらった眼科医院で、「緑内障」と診断されました。ほうっておけば、失明します、受験勉強なんかもってのほかです、と。京都の専門医で再度診断を受け、治療を受け、今から10年前に手術を受け、幸いなことに現在では普通に生活しています。20数年で医療技術も発達し、今では珍しくもない病気ですが、当時18歳の私にとって死を宣告されたと同じくらいの衝撃を受けた覚えがあります。

しばらくして、もし失明したって耳や口や手足があるじゃないか、何を悩むことがある、見えるうちにできるだけ多くの人に会い、できるだけ多くの本を読み、できるだけ多くの体験をしよう、と決めました。

5年ほど前、先の言葉の牟田氏と出会い、経営の指導をお願いしていると同時に人生の先輩として多くの示唆を受けました。

目標を定めたら、今の自分がやるべきことを、一点の曇りもなく粛々と、やり続けなさい、と。

すべての人に等しく個人的体験があり、それぞれに深みのある生き様をきざんでいる年、それが45歳かもしれません。今一度18歳の原点を見つめ、さらなる未来へ、と思っています。

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Home (H16 第53回明新会総会) > ご挨拶 from 金井氏 / from 熊澤・灰谷氏